会報No.4 その206,7,25
「倉敷9条の会」

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詩:ポエム『少女』 

―二0××年、ある少女のノートより  

松田 のりよし

かつてのナチスを率いた

アドルフ・ヒトラーが言った

 

民衆は、熟慮より感情で動く

論理よりイメージで動く

単純な二者択一を好む

正か邪か

イエスかノーか

こうした民衆心理をつかんでおけば

政権をとるのは簡単だ

争点は、あれも、これもと言わない

一つに絞り込んで、あとはひたすら

イエスかノーかを迫る

言葉は短く

力強く、断定的に

 

その著『わが闘争』で語ったこれらの言葉は

一兵卒に過ぎなかった彼が

独裁者まで昇りつめた

その民衆掌握術を述べたものだ

 

二〇〇五年の総選挙で

この手法をしっかりと真似た男が

日本の国を席巻した

論理よりもイメージを駆使し

争点は「郵政改革」一本に絞り

単純な論理を仕立てて

イエスかノーかと、選択を迫った

言葉は短く、断定的に

 

あれから××年

あの選挙が、日本の分岐点だったのか

憲法が危ない、と言い続けていた父

集団的自衛権の恐ろしさを、訴えていた父

アメリカがどこかに戦争をしかけた時は

日本も兵士を送って、参戦しなくちゃならない

国外だけじゃないんだぞ

国内では、非常事態宣言がなされ

言動は厳しく制限され

飛行場も

港も

病院も

その他、もろもろの施設は

戦時体制、優先となる、と

 

――「九条」を懐かしむ世にしたくなし

その頃父は、こんな川柳を詠んだ

――人間はね

みんな二つの面を持っているんだ

みんな、同じ人間という面と

みんな、それぞれに違うという面と

だから、みんな平等でなければならない

同時に、それぞれの違いは

尊重され合わなければならない

そのことを、的確に表現したものが、憲法だ

特に大切なのは「九条」なんだよ

戦争の放棄こそが

非戦の決意こそが

人権を守るおおもとだから、ね

 

その父は、今は家にいない

父の危惧が、現実になった今

去年、わが家の畳を踏みしだいて

ずかずかと軍靴が踏みこんで来た

そして、父は連れて行かれた

体制への批判を煽ったという科で

 

ああ、こんなにも

ものが言えない時代になっていたのだ

父は、四季の移り変わりの中で

ひたすら米と野菜を作りつづけた

素朴な一人の農民に過ぎないのに

村の小さな集会で

憲法の中の「愛国心」が話題になった

――日本をアメリカに売り渡した売国奴たちに

愛国心を説く資格があるのかね

と、父の言葉は強すぎたのか

気心の知れた村の人たち、という安心があったのか

言っても何も変らない、と知っていたのに

 

父は私たちを愛していた

私たちに連なる村を愛していた

村に連なる国を愛していた

この国の 空を、海を、山を、愛していた

この国の 樹木を、花を、愛していた

この国に住む人間は、もちろん

動物や、小鳥も、大好きだった

だから、この国の人の心を退廃させ

苦しめるものに反対だった

こんなにも真剣に、国を愛していたのに

父は、非国民と呼ばれた

どうして?

どういうふうに愛せばいいの?

国を愛するっていうこと

 

兄は今、兵役についている

今年から、二年間の兵役

兄は、寡黙に、有能な兵士を演じているようだ

刑務所にいる父のことを、おもんぱかって

しかし、これは徴兵制とは言わないのだそうだ

憲法の改定を問う国民投票がなされた時

将来も、日本は徴兵制をとらないと約束したからだ

これは徴兵制じゃあない

平和ボランティアだ、と

そうか、かつてアメリカに

ピース・キーパーという名の原子爆弾があった

ピース・ホルダーという名の戦闘機があった

軍人募集の張り紙に

「平和を愛する人を求む」とあった

だったら、これでいいのかな

逆説の似合う私たちの世界だもん

 

でも、諦めきれない私がいる

決して、開き直れない私がいる

こうして、ほそぼそとノートに向かう私がいる

無力な私のささやかな捌け口

 

愛は、決して「死ね」とは言わない

父が母に言わなかったように

私に言わなかったように

兄に言わなかったように

一つ一つの命のつながり

されが、家族と知っているから

それに、まさるものはないと知っているから

 

国は国民に「死ね」と言う

お国のために「死ねる人間を作る」と言う

国民の命は、守るべき対象ではなくて

戦争に、奉仕する道具に過ぎないから

一つ一つの命のつながり

それが、国とは思っていないから

 

――母さん、二人っきりは寂しいね

あるとき、私は母に言った

――寂しくなんかありませんよ

辛いとも思いたくない

――?

――だってそんなの、父さんへの裏切りよ

よけいに父さんを苦しめるもの

私は、父さんを誇りに思うだけ

父さんの気持ちに、寄り添っていたいだけ

母さん、すごい。心の底からそう思った

 

最も進化した戦争の形は

最新の兵器を作ることじゃない。持つことじゃない

効率よく人を殺すことじゃない

最も進化した戦争の形は

話し合うこと

話し合って解決すること

戦争はなぜ、進化しないのだろう

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