会報No.6 06,11,25 |
「倉敷9条の会」 |
去る十月七日に「倉敷9条の会・1周年のつどい」が、くらしき健康福祉プラザで開催されました。秋の行事などと重なり空席も目立ちましたが、女声コーラスグループの応援や時局にのった記念講演会で、盛会裏に終わることができました。
当日の様子を会報6号に特集いたします。
みんなで歌おう |
オープニングで、憲法9条を謳った「9条で3×3(SUN……)」を「コールひまわり」の皆さんが披露。つづいて全員で合唱し、会場は大いに盛り上がりました。さらに「さとうきび畑」と「すてきな友達」の2曲を演奏。爽やかな歌声に大きな拍手が送られました。
室山代表の挨拶 |
「呼びかけ人」代表の室山さんの挨拶で総会を開会しました。ここに挨拶の一部を紹介します。
『あのときから1年がはや経ちました。私は常々思っておりますけれど、この地球が誕生して46億年。過去に四つの大きな絶滅の危機があったそうです。この前の絶滅は恐竜だったそうですが、この次の絶滅は間違いなく人類でしょう。その引き金となるのは地球温暖化を筆頭とする環境破壊。もうひとつが戦争です。
きょうは9条の方の集まりですので環境にはあまりふれませんが、15年か20年前にも聞いたような気がします。「今すぐ世界の国々の指導者や科学者が目覚めてこの問題に取り組まなければ地球は本当に危ない」と言われていました。
あれからこれだけ無為な時が流れてしまいました。その最たる例は、京都議定書にアメリカのブッシュという人が反対したことです。これなんか「何をやっているか」と言いたい。自分のところの経済の繁栄しか頭になかったのでしょうが、「人類が滅んで何の経済か」という気がいたしました。
あの時も、いますぐ世界の指導者が目覚めて取り組まなくては間に合わないと言われていましたけれど、今回の戦争も本当にそうです。「マンモスの牙」というエッセイを松田さんが会報に書いておられましたが本当にあの通りです。
環境問題では、やがて人類は地球に生きていけなくなるでしょう。それにくらべれば戦争は、ある日突然それがやって来る恐れがあるわけです。そういう観点でこの憲法の問題を考えてみる場合、憲法9条の戦争はしない、武器は持たないという考えは、さっきの歌の通り、あの気持ちは絶対にすててはならないと思います。
改憲派には、いまの憲法はアメリカ軍によって与えられたという理由があるようですが、それも今回の会報によりますとそうではない。あの当時の在野の学者たちが草案をねって政府に出したものが使われていたという説もあります。
しかし、日本人がつくったものであれ、アメリカ軍から与えられたものであれ、9条の考え方は絶対に正しいと思います。世界中が戦争を無くしたい。無くさなければならない。そうでないと人類は滅んでしまう。そういう観点に立てば日本は憲法9条を改正するどころか、もっとこれを世界の国々に広めていかなければならない。そんなふうに私は思っております。
きょうはそれぞれお忙しい中、わざわざお集まりくださり本当にありがとうございました。
一周年総会 |
初年度の事業報告
≪主な行事≫
月 日 |
行事名 |
場 所 |
備 考 |
10月2日 |
結成総会と記念講演会 演題「憲法9条の伝書鳩」 |
倉敷市民会館 |
講師 早乙女勝元 参加者 332名 |
12月11日 |
講演と朗読の集い 演題「泰緬鉄道の真実」 朗読「馬を洗って」 |
倉敷公民館
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講師 永瀬 隆 八束澄子 参加者 110名 |
2月14日 〜 19日 |
年賀状と美術展…年賀状、絵画、 組み木、写真、書、詩、タペス トリーなど |
倉敷公民館 |
入場者 360名 出展者 80名 |
6月10日 |
村上彩子コンサート「祈りとこし えに」と戦没音楽生遺作展 |
倉敷公民館 |
入場者 130名 |
10月〜9月 |
会報の発行No1〜5号 |
― |
各300〜400部発行 |
10月〜9月 |
憲法講座 計9回 |
倉敷労働会館 倉敷公民館 |
参加者累計 45名 |
○日常活動
会員募集 404人(06年9月末では393人)
募金状況 239口(06年9月末では236口)
署名活動 1360筆(署名用紙5000部印刷)
○会議等
世話人会:第1回〜第12回 (開催行事の検討と決定)
事務局会:毎月適宜開催世話人会の事前準備。会報の編集及び発行
九条グッズ販売:「清酒・九条酒」「だったんそば茶」「九条・ポスター」など
記念講演会 安倍新政権・改憲への流れを斬る |
記念講演には、岡山大学名誉教授の岩間一雄先生をお迎えしました。学殖豊な先生から、安倍新政権の改憲への狙いを、分かりやすく話していただきました。
主な内容は次の通りです。
集団的自衛権とは
自衛権とは、自国を守る固有の権利です。集団的自衛権とは、自国が攻撃を受けていなくても同盟国の防衛に参加することです。安全保障条約を結んでいるアメリカの防衛に、日本が加われば、集団的自衛権を行使することになります。
憲法9条と集団的自衛権
日本国憲法第9条は、戦争を放棄し、武力の保持も行使も禁じています。私は、自衛権は、個人であれ集団であれ、固有のものだと考えていますが、9条は武力を行使しての自衛を禁じていると解釈しています。自国の安全と独立は、武力を保持、行使せず、平和的活動によって実現するという立場です。
政府の解釈は、9条は武力を用いての自衛権を権利として肯定しています。そして、重要な点は、自国が攻撃されていないのに同盟国を協同して防衛するという集団的自衛権の行使までは認めていないという解釈です。
この観点から、明文改憲が必要だとし、自衛軍の保持を明記し、国際協調活動にも言及しているのが、いまの憲法改正案なわけです。
アメリカの単独行動主義
この背景にあるものは9・11以降のアメリカの単独行動主義です。これには、協調者、協力者への大きな期待が込められています。ブレアのイギリスを別とすれば、アメリカの期待は、日本に向けて注がれます。憲法9条にもかかわらず、自衛隊をイラクに派遣したことは、アメリカの単独行動主義を救う「象徴的」出来事でした。アメリカは頼もしい味方として、日本に熱い眼差しを注いでいるのです。
こうした状況の中で、憲法9条を守ろうという運動が全国で起こり、大きな広がりをみせています。この予想を越えた動きが、明文改憲にブレーキをかけているのです。国民投票にまで漕ぎ着けたとしても、肝心かなめの軍隊保持と集団的自衛権だけが否定されるという、改憲派にとっての最悪のシナリオだってないとはいいきれません。
そこで浮上しているのが、従来の政府解釈を変更するという動きです。解釈改憲によって、現行憲法の下でも、集団的自衛権は行使できるものとするという考えです。国民投票によって、確実に改憲が達成できる見通しが立つまでは、これで凌ぐというのでしょう。それに平行して、「特措法」も「恒久法」に切り替え、必要に応じて、いつでも自衛隊を派遣来るよう法整備をしようというのが、安倍新政権のスタンスです。
解釈改憲と恒久法で時を稼ぎながら、現在自民党が出している「新憲法案」の曖昧さを払拭するのが次の段階です。現在の自民党「新憲法案」では、集団的自衛権という文言は見あたりません。反対派に対し少しでも刺激的な文字は隠しておこうという心理が働いた結果だと思います。明文改憲まで十分な準備を重ね、集団的自衛権に対する国民の抵抗が失われたと確信できる時点で、改憲を提案しようというのなら、その案文の中に、集団的自衛権を明記しないという手はありません。安倍新総裁は、すでにその点を明言しています。
集団的自衛権の既成事実化
アメリカの単独行動主義は、世界戦略を「対テロ戦争」へ向けてシフトしたということでもあります。強力な助っ人としての期待が明確かつ強力な形で日本に提示されるのが、2005年10月の日米安全保障協議委員会の席上でした。そこで、太平洋上に対テロ戦略のための3つの司令部が設置される計画が明らかにされます。3つの司令部は、ハワイ、グァムと並んで日本に設置されるのです。それに付随して、従来の基地の再編・移動が提示されます。それらの計画の根底に、日米が作戦や指揮のレベルに至るまで軍事的に共同して行動することが大前提とされているのです。
この委員会に先立って、日米共同軍事演習は実施されています。そして、この委員会以後、急速にさまざまな形での、日米共同軍事演習が実施されるようになってきています。中には、日本国内に報道されることなく実施された軍事演習さえもあるのです。
こうした一連の事態は、集団的自衛権の行使を既成事実化するということです。軍事行動ではない、単なる演習である。人道支援であって戦争ではない、特別措置である。などといった紙一重のところで、限りなく軍事的共同行動を拡大していく措置が、繰り返し繰り返し行われているということです。
たとえば、陸自のイラク撤退を機に、空自の活動は、飛躍的に、質的にも飛躍的に拡大しました。それまでイラク南部のサマワ周辺に局限されていた空自の活動が、バグダットを含む地域へ兵員等を搬送することにまで拡大されたのです。
とりあえず、ギリギリのところまで、時には、ギリギリの線を越えても、集団的自衛権の行使を既成事実化しよう。そうすれば、アメリカの要求にもとりあえず応えることが出来るし、やがて改憲反対派の勢力も後退し、集団的自衛権行使アレルギーも雲散霧消するだろう――こうした観測に立てば、いずれにしても、集団的自衛権の事実上の行使を可能な限り推し進めようということになります。
こうした事態は、いずれにしても、現行憲法、ないし、その解釈との不整合を露わにせずにはおきません。誰が見ても、現行憲法と抵触している、解釈憲法では済まなくなったという認識が広まります。そうした現実を肯定承認する限り、憲法「改正」、明文改正をしなければならないという圧力は、いやが上にも高まるでしょう。
教育基本法の改悪
安倍新政権は5年かけて憲法を改正しようとしています。この間に明文改憲のための必要十分な地ならしをしようとしているのです。そのた
めに必要なものは教育基本法の「改正」で、臨時国会の最大の焦点になっているのはご承知の通りです。教育基本法を改正して、郷土愛(愛国心)を強調するということは、教育基本法の主眼とする人類主義、人種主義批判を扼殺しようとすることです。また、教育の政治的中立を否定し、政治権力の教育への介入へ道を開くことです。戦時中の教育が、種族主義教育であったことの苦い思いが、教育基本法の、今一つの魂ですが、これをも圧殺しようとするのが、「改正」の内容です。これによって、教育は、政治権力の恣意に委ねられ、強制的な人種主義教育によって、平和の精神は押し殺され、軍事的な力づくの解決を当たり前とする気風が、国民の間に浸透していく危険があります。
国民投票の有権者を18歳以上とすれば、いま13歳の中学生に思想教育をして国民投票へ動員することができます。また教員免許更新制によってそのような教育に教師を動員することも可能なのです。
21世紀に生きる私たちは、人類主義、平和主義によって世界国家を追求する理想と信念を貫き通していかなければなりません。憲法9条と教育基本法はその導きの旗です。日本中に同じ願いを持っている人がいっぱいます。そうした人に力づけられながら、できるだけのことをやっていきたいと思っています。
声 目指すのは、どっちだ?! 室山 貴義 「北朝鮮が核ミサイルで攻撃して来たらどうするのか!」 「こちらも核を持ってこそ対処できる」「丸腰でいいのか! 危ないではないか」などという声を待っていたかのように、 閣内でも核保有を言い始めた。「核について議論すること さえいけないのか」と。 世界で唯一の被爆国日本が、世界の先頭に立って訴えて きた「核不拡散条約」を自らの手で破壊し、国際社会の信 用は地に落ちる――と。新聞は核保有の不条理を説き、ま た数々の明確な理由をあげて「わが国の核保有は、かえっ て危ない!」と結論づける。 頑なに「戦争はいけない」「憲法九条を守れ!」と訴え る私たちに、「平和ボケ」と中傷する声もあるが、私は「 平和ボケのどこが悪い」と開き直ることにしている。 反問その@「世界中が平和になることを君は望まないの か?」――。国により民族によって文化がちがう。宗教が ちがう。価値観がちがう。それに経済的利害や格差が加わ り、歴史的怨恨までからむ。そう簡単に世界中が平和にな るわけがない。「ごもっとも」――。 それでは反問そのA「たとえ難しくても、本気でそれを 望むなら、目指すのはどっちだ?」 大所高所から見て、軍拡で平和が訪れる筈がない。まし て「核軍拡」で平和が保たれるなんて妄想もいいところだ。 どこかの狂ったリーダーが核のボタンを押し、あっという 間に全面戦争。地球環境の悪化を恐れている私だが、それ より先に「核による人類絶滅」が現実のものとなるかも知 れないのに。 |